鈴木大拙 没後五十年記念「大拙と松ヶ岡文庫展」図録

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榎本渉
『南宋・元代日中渡航僧伝記集成 附江戸時代における僧伝集積過程の研究』
   勉誠出版、2013年


大拙と松ヶ岡文庫

解説:榎本渉

  本書は日本と南宋・元代の中国との間を往来した僧侶の伝記の一覧表(渡航記事の抜粋も含む)と、それらの僧伝が江戸時代に集成された過程に関する研究を一冊にまとめたものである。本書の構想の元になったのは、2005〜09年度の科研費による研究プロジェクト「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成−寧波を焦点とする学際的創生−」(代表小島毅)の一環で、入宋・入元僧の僧伝一覧表を作成したことだった。後にこれを大幅に増訂して論考も加えて刊行したのが本書である。そのいきさつは本書の跋(あとがき)にも記しているが、今一度本書で目指したものも含めて略述しておきたい。
  日中間を行き来した僧侶の史料は、日宋・日元関係史を考える上で不可欠なものである。日宋・日元間の交流が日本に与えた経済的・文化的インパクトは非常に大きく、その点は近年の考古学や美術史などの研究によっても明らかになっているところだが、国家事業として行なわれた遣唐使・遣明使と比べると史料が乏しいため、歴史学の研究はなかなか進んでこなかった。そこでこの時代の文化交流の中心となった僧侶の伝記について、整理することを試みたのである。
  入宋・入元僧を含む鎌倉・南北朝時代の禅僧については、僧伝が特に多く作成されている。その多くは江戸時代終わりに和学講談所が編纂した『続群書類従』の巻225〜243にまとめて収録され、容易に見ることができる。実は当初私が科研の作業として考えていたのは、『続群書類従』を中心とした僧伝の情報整理に過ぎなかった。だが各地の図書館や寺院に足を運んで関係史料の調査を行なう過程で、『続群書類従』の出典として用いられた先行の僧伝史料集や、『続群書類従』が参照しなかった僧伝史料集の存在が分かってきた(その中には松ヶ岡文庫所蔵史料も含まれており、検討に当たっては大いに活用している)。『続群書類従』未収録僧伝や既収録僧伝の異本も多く見出され、各史料集の関係を検討する必要も出てきた。作業はこうして、既刊史料の情報整理の枠を越えるようになったのである。
  こうした作業の中で、江戸時代に史料集を作成・収集した人脈や、これに関わる文化活動の展開も分かってきた。たとえば僧伝は僧侶によって収集され保管されただけではなく、林羅山・水戸光圀・前田綱紀などの著名人もこれを求め利用していた。またこの動向と関係したものに渡来黄檗僧がおり、彼らを介して江戸時代の僧伝収集に、明末清初の出版文化の影響が及んでいたと見られる。こうして私の僧伝調査は、中世禅僧の活動を知る素材の整理作業に留まらず、江戸時代になって中世の僧伝を、誰が・なぜ・どのようにして収集したのか、という関心ともからむようになった。それは言い換えれば、中世の知識がどのように江戸時代に受け継がれたのかということでもあるし、現代の我々が中世の知識を知るためのツールがどのように作られたのかということでもある(僧伝に限らず、中世の著作や文書のかなりの部分は、江戸時代に収集・書写・覆刻されたことで今に伝わっている)。
  以上のようなことに関心を持った私は、科研費の事業が終わった後も調査を続け、最終的には僧伝一覧表と一部僧伝の翻刻に加えて、僧伝収集過程の研究も附した本書を上梓した。本書はまず第一には、日宋・日元関係史に関心のある方によって、関係史料の所在を知るための手掛かりとして利用していただくために作成したものである。だがそれとともに、江戸時代に中世の情報が整理収集される過程を知るための、一つの事例研究としても見ていただければ幸いである。

榎本渉 国際日本文化研究センター准教授
専門は東シナ海交流史(主に9〜14世紀の日中交流)。
著書に『東アジア海域と日中交流―9〜14世紀―』(吉川弘文館、2007年)、『僧侶と海商たちの東シナ海』(講談社メチエ、2010年)、共編書に『新編森克己著作集』全5巻(勉誠出版、2008年〜)がある。

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